第85章敦美が何者かによって拉致監禁されたという想像に根拠はなかった。
最悪の事態を考えたに過ぎないのだが、交通事故に遭ったのだとすれば、俺の携帯に連絡が入っても良い時間が経過していた。
交通事故、拉致監禁以外に、敦美が姿を隠してしまった可能性も、ゼロではない。
ふらりと旅に出たくなったという事もあるだろう。しかし、普通であれば、その事実を、俺に伝えてこないというのも奇妙だった。
もしかすると、他にも俺同様の男が存在し、そちらとのコミュニケーションを選択したという事も、考えられないわけではなかった。
旅や他の男という理由であれば、それほど心配することはないのだが、前後の事情から考えて、可能性は低かった。やはり、交通事故か拉致監禁が有力だった。
敦美から詳しいことは聞いていないが、夫の片山亮介が死亡し、当の敦美が死んだ場合、誰に、その遺産が残るのか皆目見当がつかなかった。
そうか、拉致監禁ばかりを想像したが、敦美の遺産の受取人であれば、単に敦美を殺害してしまえば、こと足りるわけだ。
考えてみれば、敦美の家族構成を、ほとんど知らなかった。兄弟姉妹がいるのかどうかも知らない。
つまり、敦美のことを知っているようで、実は、ほとんど判っていなかった。
男と女の一対一の関係においては、その他の人間は、埒外に置かれていることが多いので、双方の生活環境や家族環境など、知る必要がないのが現実だったが、このような事態になると、知らないことのリスクが問題になってきた。
敦美に、兄弟姉妹がいたなら、敦美を殺す動機が存在し、殺害されたことも考慮に入れなければならないのだった。
そこまで考えて気づいた。
そうか、敦美には兄弟姉妹がいないから、父親の財産を相続したという話を聞いたではないか、そう、敦美には、兄弟姉妹はいないのだ。
そうか、やはり交通事故か拉致監禁の線が有力ということになる。であれば、そろそろ何らかの電話が鳴っても良さそうだった。
しかし、午前零時を回っても、携帯はびくともしなかった。考えてみると、ここまで待ったのだから、俺がこの部屋にいなければならない理由は免除されていた。
手持無沙汰で、ホテルのベッドに寝ころんでいる必要はなかった。そのことに、もう少し早く気づくべきだったと自分に腹を立てながら、ホテルを出た。
ホテルの支払いがどうなっているのか不安だったが、敦美がチェックインしているわけで、いつ戻ってくるかも判らないのだから、俺がチェックアウトしてしまうのは余計なお世話だった。
まぁ、チェックアウト時間を過ぎてもチェックアウトしなければ、ホテルの方で、それなりの処理を行うだけだった。俺が悩む問題ではなかった。
しかし、そうは言うものの、何かやましい気分で、俺は走ってきた空車に手を上げた。
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