第60章寿美が先に宿に到着していた。
「お風呂お先したわ、あなたもお入りになったら」寿美はスリムな肉体を宿の浴衣につつんで、既にビールを一本空けて二本目の栓を開けているところだった。
「かなりご機嫌だけど、何か良いことでもあったのかな」
寿美が身体を許す気で酔っているのか、酔いつぶれて肉体関係を阻もうとしているのか、俺には判断がつかなかった。
しかし、先日からの関係性において、ふたりの間には寿美がイニシアチブを握っていたので、俺の意志はどうでも良いのだろうと、腹を決めていた。
案外経験してみると、女の側に主導権を握らせた関係も悪くはないと思った。
俺が今日ここに来たのは、寿美に先日の1万円を返すことであって、肉体関係が成就することを目的にしていないと云う言い訳は、充分に俺の気持ちを和らげた。
俺は檜の湯船につかりながら、しかし、と思った。あまりの長湯をすると、待ちくたびれて女が帰ってしまうとか、酔いつぶれてしまうのではと、身体を洗うのも早々に浴室を出た。
「あら早いのね。チャンと身体は洗ったの」
言葉とは裏腹に、寿美は、そんなことはどうでも良いけれど、と云うニアンスを漂わせていた。
寿美はよどみなく、新しいグラスにビールを注いだ。俺は黙って一気にグラスを飲み干し、自ら二杯目をグラスに注いだ。
「今日は時間があるから、しっかり飲めるわ。お店のある日は、落ち着かないものね」
「今日、お店は休みってことかな」
「えぇ、お店はやっているけど、私はお休み宣言してきたの」
「たまには、休まないと身体も心も持たないからね」
「そうでもないのよ。年中無休で働いていると、休みって、どのように過ごしたらいいのか判らなくて、逆に疲れてしまうのよ。だから、滅多に休むことはないの」
「まさか、俺の為に休みを取ったなんて言わないでよ」
「あら、どうして。男冥利だとは思わないわけ」
「いや、それほど自惚れは強くないからね。中の下くらいのランクの男だと自認しているからさ、糠喜びはしないんだよ」
「あら、可愛くないわね。有頂天にして、落っことす面白味がなくなるわよ」
「そうか、寿美さんは、そうやって男を甚振ることを愉しみにしてきたのか」
「そういうことはないわね。私、雰囲気のわりに男経験は少ないのよ」
「そういうものかもね。あまりにも良い女だし、雰囲気も周りを威圧しているからね」
「あら、私、威圧的なの」
「そうだね、普通の男ならビビる女かな」
「貴方はビビらないの」
「どうかな、目的意識が乏しいし、奇妙な二人の関係のイニシアチブを、貴女にお渡しした気分だからかな」
「そうなのね。だったら良いわ、私が貴方の身体を甚振る関係で良いわけね」
「あぁ、そういう関係も悪くないと気づいたからね」
「そう、だったら早速だけど、裸になって、ここに寝て貰えるかしら」
話の成り行きから、断れなくなった俺は、全裸になって天井に目をやった。
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