第28章意味もなく、砲弾飛び交う戦場に行く気にはなれないが、魅力的であるなら、その地雷原をヒヤヒヤしながら歩くのも悪い趣味とは言えないだろう。
俺は、そんなことを考えながら歩き続け、職安通りを突っ切り、西武新宿駅を通過した。
西新宿の高層ビル街を歩いていた。
大久保通りのような人間臭さが排除された異空間の中を、無機質な生き物になったような気分で歩いていた。
行き交う人間がいないわけではないのだが、それらすべての人間が、ゾンビかもしれないと思えるほど無機質な動くものとして、視界は捉えていた。
再開発で整備された車道は、3車線以上を確保していたし、中分離帯も大きいので、車に優しい道路だったが、歩行者には、必要以上の負担をかける難物道路だった。
それぞれの高層建築が吹き下ろすビル風は、時に、大の男の歩みを止まらせ、準備不足の女たちのスカートを巻きあげた。
もう目の前に目印があるのに、目指す甲州街道に辿りつけず、何度か立ちどまった。
新宿駅西口に近づくと、無機質だった街の顔が一変した。歌舞伎町のような猥雑さはないが、やたらと人の営みの臭いがしてきた。
ようやく甲州街道を渡り、俺は車を駐車していた路上パーキング地帯に辿りついた。
喉がカラカラだった。出来たら、どこかで一服したい気分だったが、自販機から缶コーラを求め、自分の車の姿を遠目に見ていた。
まだ、あの敦美と云う女が、執念深く俺の姿を探し回っているような不安があった。
無論、あれから、6時間以上が経過しているのだから、徘徊している筈はないのだが、念には念を入れた。
俺の欲望を擽るだけの女体を持った敦美と云う女だったが、自発的ではないとしても、覚せい剤禁断症状が出ている女と関わりになるのは、アバンチュールの範疇を超えていた。
亭主が、どのような目的で、自分の女房をシャブ漬けにしようとしたのか、女自身が判らないのに、第三者の俺に判る筈はなかった。
ただ、持ち前の創造力を逞しくすれば、幾つかの目的を想定することが出来た。
最も有力な目的は、女を、自分なしでは生きていけない女にしようとしている場合だ。それ程に、亭主が女房に惚れている証拠だと言えるが、誰も喜ばないような証拠でもあった。
場合によると、あまりにも多情多念な女房の男関係に腹を立て、報復に出たと云うことも考えられた。
もう少し捻って考えると、女房は数年前に亡くなった資産家の一人娘で、莫大な遺産を相続していた。
その女房をシャブ漬けにしてしまえば、自らが、成年後見人(禁治産者・準禁治産者制度)になれる法の盲点をついた行為なのかもしれなかった。
いずれにしても、そのような実態を知るには、爆弾女である敦美との関係を密にしない限り、無理な推論の証明だった。
女のシャブ漬けが、単に爆弾女と亭主の愛情の変形的な行動であるなら、特別の興味はない。
しかし、後者の莫大な遺産相続絡みであれば、その経験はスリリングだ。
敦美が、成年後見制度に持ち込まれる寸前に、亭主の犯罪を暴露して、離婚手続きに持ち込む手はありそうだった。
その経緯として、俺が、敦美の成年後見人になる。現実は、表向き弁護士を立てるのが筋だろう。
特に、敦美の資産を好き勝手に費消してやれ、と云った欲望ではない。
しかし、見ず知らずだった女の莫大な財産を管理する立場になると云う企みには、それなりに魅力があった。
俺は、自分の妄想を膨らましながら、敦美の姿がないことを確認して、愛車に乗り込んだ。
つづく
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