第449章ついに、来るべきところに来てしまった。
自分の意志に関わりなく、来るべきところに来なければならなくなった、自分の運命を、少し憎んだ。
しかし、逃げる積りもなかった。
徹底的に闘う気力は充満していた。
どこの誰が差配している運命か判らなかったが、私は、自分の運命に敵対はしないが、どんな過酷な試練があろうと受けて立ち、終着駅を始発駅に換えてしまえば良いだけだと、強く心に仕舞いこんだ。
一連の検査が、滞りなく進捗していた。抗がん剤投与が無理だなどと云われるのではないかと云う不安があったが、そのような雰囲気はなかった。
検査二日目に、父と母が顔を出した。父は、色々と決めておいたのだろうか、確認事項を確かめていた。
お義父さんから、父に連絡があり、1カ月後くらいに、様子を見てお見舞いに伺いますが、強いお姉さんを見せてください、と云うメッセージだったと知らせてくれた。
母は殆ど口をきかず、私の手を握りしめていた。時折、私の手に頬を当て、体温をたしかめているようだった。
「母さん、大丈夫だよ。必ず治るから、心配しないで待っててね」思わず、いつも通りではない母に優しい言葉をかけていた。
母は、その私の言葉にも、肯くだけで、言葉を話す気にはなれないようだった。
「さあ、母さん、そろそろお暇しよう。夕食の時間が来たようだから……」父は、遠く聞こえる配膳の気配をきっかけに、重苦しい空気から、全員を解放した。
普通食が当分食べられないと思うと、いつも以上に、配膳された病院の夕食が美味しかった。
“飢餓”と云う言葉が浮かんだ。
まだ、抗がん剤に痛めつけられていない私の欲望が、無菌室でお腹が空いた場合はどうなるのだろう等と、意味のないことを心配した。
吐き気に襲われることは承知していながらも、空腹の心配をしている自分が、おかしかった。
たしかに、私の精神は張りつめていたのだろう。
様々な、あり得ない心配事を、一つ一つ浮かばせては、一つ一つプチっと音を立てて、“解決”と呟きながら、消していた。
夜遅くなって、有紀が、忍び込むように病室に入ってきた。フロアーライトの僅かな光の中で、私の寝顔を覗きこむと、そのまま、用意されていた補助ベッドに潜りこんだ。
「有紀、来てくれたのね」
「起こしちゃった」
「ううん、寝てなかったから……」
「薬飲んだの?」
「飲んでない。治療が開始すると、多くの人は寝てばかりいるらしいから、何だか寝るのがもったいなくて」
そうして、有紀と私は、朝方まで、圭の話から、高坂尚子、尚貴の話に及び、竹村の話を通り抜けて、村井先生と櫻井先生の話に及び、最後に、母の話で締めくくった。
つづく
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