第448章翌日、私と有紀と“竹村ゆき”は、田沢君の家に向かっていた。
「ついに来るべき日が近づいてきたね」有紀が、何が近づく日なのか明確にせずに、呟いた。
「そう、近づいたね」私も、何が近づいたか、触れずに答えた。
「この子とも、しばらくお別れだし、姉さんとも暫しの別れだね。寂しいけど、どちらも、必ず戻ってくるものなのだから。寂しいけど、哀しくはない、また一皮剥けたわけだし、もっともっと、三人で人生謳歌しないとね」
「そうよ、あんな歓び、私も味あわない手はないものね」
「そうだよ、あれはヨカッタ。絶対に味わっておかないと、人生損しちゃうよ」有紀が怪しく笑った。
私も、昨夜の有紀の乱れた姿を思い浮かべ、怪しく笑顔を返した。
田沢君のお母さんが、万端整えて、“竹村ゆき”を迎え入れた。
屈託のないお母さんの笑顔に迎えられ、私は、この人なら大丈夫と確信した。
「さっき、病院の方から、冷凍で母乳の宅急便が届いたところですよ。持って来てくれた分を合わせると、相当な量になるわ。提案ですけど、小さな冷凍庫買った方が良さそうですけど?」
「そうですね。ウッカリしていました。お手数でしょうけど、早急に購入しておいてください。夢中で母乳パックを作らなければの一心だったので、こんな量になっているなんて……」
「それでも、見る見るなくなると思いますよ。でも、この子は、ミルクもチャンと飲むようですから、併用しておけば、相当期間、母乳パックも使えるので、安心だわ。それにしても、未熟児で産まれた赤ちゃんには思えないくらい元気そう」
田沢君のお母さんは、私たちの何倍も上手に“竹村ゆき”を胸に抱いて、抱いている事を忘れたように、お茶出しの手を動かしていた。
「まだ、母乳飲ませられるんですよね?」田沢君のお母さんが、“竹村ゆき“の小さくニギニギしている手を優しく撫でながら尋ねた。
「えぇ、まだ大丈夫です」
「だったら、今度お腹が空いたと言い出したら、オッパイ沢山あげてくださいね。奥の客間を暖めておきましたので」
田沢君のお母さんの生き方は、私たちの何倍も、生活に繊細だった。
おそらく、専業主婦だから、生活に繊細な気が回るわけではないのだろう。
きっと、こう云う人は、職業を持ったとしても、同じ感覚で、身の回りに気づくに違いない。
映子さんにも、似たような温かさがあった。特に、意識せずに、さり気なく、他人に対しても気を配れる、天性の部分があった。
「入院は、明日ですよね。直ぐに、治療とかに入るわけですか?」
「えぇ、数日は確認の検査でしょうけど、その勢いのまま、突入と云うことになると思います」
「そうですか。治療は大変なのでしょうけど、頑張ってくださいね。お姉さん自身の為にも、お子さんのためにも、辛い時は思い出してくださいね」田沢君のお母さんは、涙声で、私の手を握ってくれた。
「必ず、迎えにきますから、それまで、本当に、よろしくお願いします」私も、思わず、涙が滲むのを感じ、その手を強く握り返した。
「そうだ、忘れるところだった。姉さん、携帯貸してよ」
「どうしたの?忘れたの?」
「違うわよ。4人がおさまった写真を撮っておくの。無菌室で、虚しくなった時に、色んな人を思い出せるようにね」
有紀と私は、それから二時間近く経って、田沢家をあとにした。
忘れ物があるような感覚で歩いていたが、それが、“竹村ゆき“だと云う事は、当然知っていた。
歩きながらなのに、“ゆき”のオッパイを飲む真剣な唇や自分の占有権を主張する小さな先が、生々しく思い出された。
つづく
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