第412章その夜、父からメールが入った。
自分としては、充分に意味を理解させたつもりだったが、不十分な伝達になってしまい反省していると云うメールだった。
そして、貴方は、涼のそれ以外の病気について、何か聞かされているのかと聞かれたので、まったく知らないと答えておいたと云う内容だった。
すべてを話さなくて良かったと思うと同時に、“白血病”などと聞かされたら、今にも、私が死ぬのではと、大騒ぎになりそうで、何も起きない時点で気が重くなった。
映子から、女児誕生への祝いと、仕事の方は順調なので、身体をいたわってくれと云う趣旨のメールが入っていた。会社の方には、必要各方面に伝達しておくと云うことだった。
母とは大違いで、会社を代表して、私が入院中に伺うつもりにしているが、お祝いに行っても良い時期を知らせてくれと、追伸のような形で伝えてきた。
その追伸の追伸で、“やったね!これで、涼さんも、迷走神経の虜になる有資格者の仲間入りね。その通り、実行した涼さんに乾杯です”と云う意味深なひと言がついていた。
義父さんも、女児誕生を痛く歓んでいる趣旨のメールを送って寄こした。お祝いになるのか、お見舞いになるのか判らないが、病院の方に面会可能なら、その日時等をお知らせくださいと伝えてきた。
金子からは、実印を貰う件があるので、面会可能な日時を知らせてくれと云うことだった。遺言書、吉祥寺の家の解体の手筈が整ったと件が報告されていた。
本来であれば、最も歓んでくれるであろう圭がいない事は、一抹の寂しさがあったが、今さら、悲しむ気分にもなれなかった。生きていたら、圭のことだから、俺の子供を産んでもらいたかった等と言い出しただろうかと、奇妙な気分になったが、看護師が軽いノックと同時に入ってきたので、もの思いは、途切れた。
「あら、結構お乳出ましたね。これなら充分ですし、明日以降はもっと出が良くなると思いますので、一安心ですね」看護師は、備え付けの冷凍庫に収められた初乳のパックを見ながら、思った通りを口にした。
「不思議ですよね。私の乳房から、オッパイが出てくるなんて……」私も、素直な感想を口にした。
「私なんて、もうペチャパイでしたから、自分では、絶対に出ない自信があったのに、妊娠6カ月くらいから、見る見るオッパイが大きくなって、自分でも怖ろしくなるくらいでしたよ。まあ、その素晴らしいオッパイも、出産して、1か月もしたら、元の木阿弥。旦那が、なんだ、見る見る小さくなっていると、嘆く始末でしたよ。もう、腹が立って、だったら、初めからデカパイと結婚すりゃ良かったでしょうって言ってやりましたけどね」
母と同年に見えるベテランの看護師は、今夜は機嫌が特に良いようだった。
その時、櫻井先生が、静かにノックして入ってきた。看護師は、初乳のパックを冷凍庫から取り上げて、入れ違いに出ていった。
「初乳ですか、お見事ですね、竹村さんは、見事に自然分娩も実践したのだから、脱帽ですよ。正直、押し出す力に関しては、僕も不安だったんですよ。場合によると吸引、それが駄目なら帝王切開の積りで、麻酔医にもスタンバイして貰っていたくらいですから……」
「自分でも、お腹が裂けるような陣痛に襲われると覚悟していましたから、こんなんで産まれても大丈夫なの?逆に、不安になったくらいでしたもの」
「分娩台で3時間近く頑張る人もいますからね。幸運が幾つも重なったのでしょうけど、1800gの赤ちゃんだったことも、大いに影響していると思います。ただ、問題は、1800グラム程度の状態だと、押し出す力が充分ではない可能性があると思っていましたけど、竹村さんの場合は杞憂でした」
「つまり、その点は、個人差が大きい、そう云うことですか?」
「まあ、意図的に早産させたケースと云うのは、症例が少ないですからね、統計データと云うレベルには、まだまだです。ただ、好例のシンボルにはなると思います。そう云う意味では、僕の方も、竹村さんに感謝しなければならないんです。しかし、竹村さんが、“滝沢ゆきさん”に似た女性だなと思っていましたけど、お姉さんだったのには、病院中がビックリしていましたよ」
「彼女、私、そんなに有名じゃないからって言っていましたよ」
「若い子たちのことはわかりませんけど、病院関係者って4、50歳が中心ですからね、その世代では、有名なんですよ」
「なるほど、そう云うことですか。そう言えば、有紀がテレビに出ていたのは、5年近く前になるかしら……」
「そうそう、あのドラマの彼女の演技は凄味がありましたから……」
そんな話を櫻井先生としているところに、村井先生が入ってきた。
つづく
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