第377章『そうですか、奥さんの主張が取り入れられたのですね。まあ、ドクターたちが、やってみましょうと云うのですから、リスクは少ないのでしょう』
『えぇ、最後の最後には、帝王切開を選択しますと宣言されていますけど……』
『おそらく、そのドクターは自信があるんですよ。ただ、万が一には、母体を守ることを優先するよってことでしょう。赤ちゃんも充分育つ大きさになっていますしね。ただ、それからでも、病気の方の治療は大丈夫なのでしょうね』
『ええ、初期段階で発見されていますか、時間的な余裕はかなりあるようです。早いにこしたことはないでしょうけど……』
『わかりました。いずれにしても命あっての物種ですから、くれぐれも無理をなさらないでください。
吉祥寺の家の解体の件は、白紙委任状のような形になるかもしれませんが、それで良ければ、こちらですべて実行しても構いません。
印鑑証明も必要ですが、それも、奥さんの委任状があれば、こちらで手配できますから。ただ、実印を捺す作業だけは、奥さんが直接した方が良いと思いますので、常に身近な所に置いておいてください。
長期の入院に入る時は、実印はバックにでも入れて、大切に入れておいて貰えると助かります。多分、総合病院だと貸金庫みたいなものも、あるかもしれませんね』
『白紙委任しても必要ですか?』
『一連の業務の流れは、概ね把握できますが、こういう手続きは、意外に抜けが出たり、解体時のアクシデントも結構ありますからね』
『家を壊すって、簡単じゃないんですね』
『そう、意外に面倒なものですよ。予定では、更地にしておくことになりますけど、後々、あそこに家を建てるつもりと云うことで進めておきます。
それから、更地期間が長くなると、固定資産税とかは、かなり高額になるかもしれませんので、念のため。
それとですね、依頼されていた遺言状も出来ていますので、委任状とかのことも含めて、今週中に例のファミレスでお会いした方が良いと思います。来週には、入院の可能性もあるわけでしょうから……』
『そうですよね。こうやってノンビリ電話をしていると、実感が湧かなくなるんですけど、言われてみると、私って、実は忙しいんですね、フフフ……』
私は思わず笑ってしまった。そう、考えてみたら、吉祥寺の家を解体する以上、竹村家の整理整頓は必要だった。
『そうそう、吉祥寺の家の解体は問題ないと思いますが、家の中に残っているもの、あちらの整理はなさっていないでしょうね?』
『あぁ、私もその件、いま考えていたんです。
以前、金子さんに言われていたので、行ってみたんですけど、これは容易なことじゃないと気づいてしまって、それっきり、こんな事態になっちゃっています。
ただその時、考えたのですけど、竹村家の長い歴史の品々を、私の適当な選択で捨てるのは、気が進まなかったのです。それで、ゴミやガラクタ以外は、一旦、トランクルームに納めて、追々に取捨選択する、そう云う風に思ったのを、いま、思い出していました』
『なるほど、それは良い手ですね。わかりました、トランクルームは僕の方で手配しておきますよ。それで、トランクルームに入れるものの選択ですけど、奥さんにしておいて貰う。そういう段取りで良さそうです。ただ、それでも、手間は掛かりますね。入院前に可能でしょうか?』
『そうですね、正直、あまり見通しが立たないんですよ。やっとことのない仕事ですから……。でも、入院までには二週間くらいの余裕は間違いなくありますから、トランクルームに入れておきたい物に、赤いシールを貼るくらいなら出来るかなと……』
『そうか、貴女だけでは無理そうだな。わかりました、奥さんが行ける日に、こちらの事務員を手伝いに行かせますよ。佐藤か宗像のどちらか、手の空いている方をね。どちらも、奥さんとは顔見知りですから、役に立ちますよ』
こうして、吉祥寺の竹村の家の解体に関する話は終わった。
資産を持つと云うことは、想像以上に大変だった。
私は、その多くを弁護士に依頼出来るわけだけど、それが出来ない時は、自分で作業を行うのだから、容易なことではなかった。
これからも、多くの知らない雑用が増えていくに違いなかった。
出産、病気の治療、会社のこと、子供が無事に生まれれば、その子の育児と子育て、家を建てること。きっと、そのような想像できる以上に多くの社会的雑用が増えていくと云うことだった。
私は、自分は充分に大人だと思いこんでいたが、どうも半人前になったばかりなのだと実感した。
そして、出産と治療と云う難関を通過しても、人生の免許が貰えるわけではないと、幾分、途方に暮れた。
つづく
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