第56章 そんな夜を過ごした三人の関係は、その後、数回繰り返された。私も、おそらく圭も有紀も、そのような関係が長続きするとは思っていなかっただろう。そして、予感通り、三人の関係は消滅した。
無論、きっかけはあった。三人の間で、なにかが起きたと云うわけではないが、有紀の女優としての外部環境が変わったことで、時間がなくなり、三人が顔を合わせることが困難になった事に起因した。
有紀は、今や遅れてきたスターとなり、メディアに露出していた。家族でありながら、生の有紀に会うことはなくなり、テレビの画面で、有紀が生きていることを確認する状況なので、三人の関係が消滅するのは当然だった。
有紀のスポンサー選択は正しかった。
彼女が、人身御供になるとしても、くすぶり、バイトをしながら細々と劇団を主宰していた女が、過激に変身しているのだから、彼女が、それまでに培ったものは、女優としての肥やしだったのだろう。
圭も私も、女優有紀の肥やしになった事を、怨んではいなかった。むしろ、名誉の一翼に参加している悦びがあった。
特に、終わりを告げるベルも鳴らなかったけど、関係は終わった。
その後、圭とは変わりのない時間を過ごし、以前のようにセックスを愉しんではいるのだが、どこか魂を家に忘れてきたようなセックスが続いていることは、互いに語らない中で感じていた。
そんな或る日、珍しく、今や売り出し中の演技派美人女優“滝沢ゆき”である有紀からメールが入った。
『 ご無沙汰~。ご承知のように、奇妙な流れで、猛烈なスケジュールに追いまくられています。メディアの世界で売れるって、こういう事なのかと思うけど、人間だかどうかさえ分からなくなりそうです。事情は、後日、会った時でも話そうと思うけど、結婚の話、消えました。スポンサーとしての立場は継続されるので、目的は達成されています。当の本人も承知しているので、父親だけの判断ではないので、トラブルもなさそうです。劇団の方は、継続中ですけど、脚本を書き替えて、私の出番は少なくしてもらいましたが、メディアの世界の凄さですね、毎日満員御礼です。チケット捌くのに悲鳴を上げていたのが嘘のような状況です。当分、家には帰れそうもないので、圭や父さん母さんに、適当に話しておいてください。三人の関係も、このまま解消で構わないよね?圭がなにか言っても、姉さんにお任せします。上手いこと言いくるめてください。必ず、恩返ししますから(笑)。では、状況報告です。 涼ねえさんへ 有紀 』
なんとまあ身勝手な妹だと思ったが、特別腹が立つと云う程でもなかった。
有紀が、人身御供な結婚を回避できたことは良いことだし、スポンサー継続もよかったし、舞台の興行成績も良いのだから、身内として、満足すべき話だった。
両親への連絡は、母に話しておけば済む。圭に対して、どのように話すべきだろうか、私は迷っていた。
しかし、物理的に三人の関係継続が無理なことは、彼自身よく理解していた。そう考えれば、何も私が、有紀の個人的事情以上の事柄に、寸借や補足する意味はないと思った。
圭が、三人の関係消滅を、どのように受けとめるかと云う問題を考えるのは、私の役目ではないと思った。圭が、どの様に受けとめ、どのように対応するかは、彼の範疇においてなされれば良いことだった。
私は圭に、有紀からのメールの内容を簡潔にメールで伝えた。
『 へぇ、そうなんだ。なんだか腰が抜けた感じもするけど、有紀ねえさんにとっては、ハッピーなんだよね。弟として、良かったとしか言いようがない。でも、あの何回かの、奇妙な関係は、何だったんだろう?その辺は、時間を掛けないと理解できないことなんだろうね。無論、俺の気持ちの問題だけだけど……。また、メールします 』
常識的な圭の返事だった。特に何事も起きないだろうと思われるメールだった。
三人の関係は、幻想であり、有紀の舞台演出に、ちょっと飛び入りさせて貰ったと思えばいいのだ。圭も、そのような結論になるだろうと推測した。
つづく
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