第78章翌朝、敦美を残して、俺はホテルを出た。
久しぶりに、昼前から中央通りを歩いてみたが、和洋折衷の小奇麗だった街並みから、日本的なものが数多く消えて行っている印象があった。
あと10年もすれば、グローバルスタンダードな街並みになっているのかもと、喉に小骨が刺さった気分でタクシーに手を上げた。
「京王線千歳烏山駅の方に向かってもらえますか」
運転手は、丁寧な言葉で返事をしたが、直ぐに走りださずにカーナビの操作に熱心だった。
急いでいるわけではないのだが、幾分、待つ時間が苦痛だった。
「運転手さんは、タクシー乗り出して何年?」
「まだ、1カ月も経っていません」声音に、不快という感じはなかった。
「そうか、そりゃ道も判らないね」
「ええ、ほとんど分りません。東京に住んで10年になりますけど、電車かバスかチャリですから、車が走る道のことは、田舎出と同じですよ」運転手は話し好きのようだった。
「それまではどんな仕事をしていたの?」
「保育士してました」
「ほう、保育士?あの子供を扱う保育のことかな?」
「そうです、その保育士です」
「保育士の報酬はこれから上がりそうなのに、もったいなかったね」
「副園長の肩書もついたのに勿体ないって女房にも散々でした」
「そうか、結婚しているのか」
「ええ、女房も保育士です」
「給料が安いと言っても、共働きなら、まあまあの生活出来たんじゃないの?」
「まあ、給料面の問題じゃないんですよ」
「やめた理由が?」
「ええ、違うことで問題が起きて、厭になったからやめました」
「人間関係とかかな?」
「いや、子供を預けているお母さんたちの中に、女の子のおむつ替えとか、僕にはやって欲しくない。そういう問題が起きまして」
「赤ちゃんのオムツ替えかな?」
「ええ、女児のオムツ替えを男の保育士にさせないでくれってクレームがついたことから厭になっちゃって……」
「なるほどね。最近はネット上の児童ポルノ規制が世論にも上るから、急に児童の身体への警戒感が親の方に伝播したと云うことかな」
「そのようです。かといって、スタッフの人数も制限されていますから、扱うグループに、どうしても女児が入るんですよね。その度に、女性スタッフに頼むわけですから、結果的に疎まれてしまいますから……」
「なるほど、それでタクシーにね。稼ぎの差はなかったの?」
「まだ、給料日来ていないので分りません。多分、当面は収入減ですけど、ベテランの人は、僕の三倍は稼ぐようですから、腕次第の仕事のようです」
「そうかぁ、だったら頑張りようもありそうだから、これからが愉しみだね」
「僕は愉しみより、駄目を確認するようで、少し怖いですよ」
運転手は力なく笑った。俺は、どちらともつかない顔で、その言葉を飲み込むように携帯を取り出した。
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