第89章あくまで、俺に出来る推理は、状況証拠と心情証拠から答えを導き出すしかなかった。
記憶は薄いが、Oホテルであった日、敦美の性欲は、いつも通りだったし、三回くらい身体を重ねた記憶があった。いや、二回だったかもしれない。
それにしても、敦美の身体は、以前同様な性欲を見せ、これから夫殺しに馳せ参じる決意をみなぎらせていたとは到底思えなかった。ただ単に、夫から逃げ出した歓びに満ちた性欲を発散している女だった。
たしか、交接したのは二回だった。あの時、睦言ではあったが、夫から逃げ出すプレッシャーがあったと敦美は言っていた。そして、でも、これで覚醒剤中毒者にされずに済むと、心から安堵の表情を浮かべ、部屋を探してくれと俺に頼んだのだった。そして、別れ際には、電話を沢山入れてくれとのリクエストを受けて別れた。
潮吹きを含めて、あの時の敦美の態度が演技だったとは到底思えなかった。二度の交接で、充分満足した身体に、あらためて喝を入れ、逃げ出した夫片山亮介が待つマンションにノコノコ戻ると云うのは、あまりにも馬鹿げていた。
敦美が、家出した自宅に戻る動機はゼロではないのか。仮に、重大な忘れ物をしたとしても、それを取りに行くのは、夫の留守を狙うべきであって、在宅の可能性が高い、夜に向かうことはあり得なかった。
俺と別れたあと、急に自分を覚せい剤漬けにしようと試みた夫に腹を立てて殺しに行ったというのは、荒唐無稽な推理でしかなく、リアリティがなかった。
ここまで考えれば充分だろう。俺の第六感も第一感も、敦美が犯人であるなどと考えていないのだから、考えるだけ無駄だった。仮に怪しい面があったとしても、それを隠ぺいしてしまうほど、勘に頼っていた。
今までがそうであったように、これからも、俺の人生は勘に頼って生きていくべきで、理論的もヘッタくれは、どうでも良かった。
仮に最悪、敦美が犯人であったとしても、俺に敦美の刃が向けられない限り、何ひとつ害はないわけなのだから。
法の正義がどうであるかなど、俺にとってはどうでも良かった。法に照らすと犯罪であっても、俺の都合に照らして、その人間の行為が敵対的でない限り、不正だとは言い切れないのだ。
一瞬、俺は哲学的思考をしている気分になった。しかし、そのような考えが長続きすることはないわけで、いつものように茫洋と勘に頼った行動原理に従った。
敦美が犯人であるわけがない結論に達したのだから、善は急げ、これから俺は間抜けな善人になって、愛人の敦美の安否を心配する善人に徹すればよかった。
警察署の番号を押して、応答を待った。電話口で、凛々しい応対をするひつようはなかった。間抜けで善人な愛人なのだから、容量を得ない問い合わせで充分だった。逆に手慣れた態度の方が怪しいわけで、しどろもどろするのが当然だと思うと、気持ちは軽かった。
片山亮介の事件担当の刑事が電話口に出てくるまで、二回同じことを聞かれたが、丁重に事情を説明した。
漸く担当刑事が電話口に出た。
その刑事は、今日は敦美の事情聴取はないので、署に来ることはないと断言した。
それはそうと、貴方は、彼女とどういう関係なのかと、間延びした口調で尋ねられた。
俺は素直に、愛人のようなものだと思う、と応えると、刑事は、一瞬笑ったような声音で、署に来て、事情を説明してくれないかと言い出した。
一瞬考えたが、家に押しかけられるより警察署で事情を聞かれる方がベターなのは当たり前だったので、刑事の依頼に同意した。ただし、午後三時か四時くらいになると、一応もったいぶっておいた。
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