第80章家に戻ると部屋に飛び込んだ。
女房から“朝ごはんは?”と声を掛けられたが、“食べてきた”と咄嗟に嘘が口をついていた。
机の中を、隅から隅まで引掻き回したが、当然のように、あの小瓶は見つからなかった。
たしか、小物類や雑品をしまっておいた箱が三つくらいあったはずだった。
しかし、部屋の物入れを覗いてみたが、その箱は当然のようになかった。
何度かの引っ越しの折に捨てたのなら問題はないのだが、捨てたという確たる記憶もなかった。
俺は、暫し考えた上で、女房に箱の所在を尋ねてみた。
「どうだったかしら、一つか二つくらいなら、北側の部屋の物入れに押し込めたかもね。たしか、ここに来たとき預かった記憶があるけど、ハッキリはしないわ。探してみて」
女房は、なんら興味のない声で答えた。
今日ほど、その女房の俺に対する無関心な声音が、鳥のさえずりのように聞こえた。
記憶にある箱が二つ見つかった。俺はそそくさと、その二つの箱を抱えると、部屋に閉じこもった。
たしか、預かった瓶は茶色だった。その中に、食塩より細かい顆粒状の物質が入っているのを、恐る恐る見た記憶が蘇えった。
しかし、この毒物は風味が独特で、アルカリ性も強く、食物や飲み物に混入させて、人を殺そうとしても、多くは気がついて吐き出すリスクがあった。
安上がりなミステリー小説のように、簡単に人を殺すことは出来ない代物のはずだった。
片山亮介は、一気に飲み干したのだろうか、いや、そうではないだろう。
おそらく、覚せい剤の常用者であった可能性があるので、静脈注射液の中に混入されていた可能性が、最も高かった。
だとすると、敦美が殺せる可能性は低いと言えた。
覚醒剤仲間が、意図的に渡した覚醒剤のアンプルの中に、青酸カリを混入させていた可能性が強かった。
つまりは、何らかの取引のトラブルが、殺意だったと考えるのが妥当なのだろう。
安易に、青酸カリがあるから殺人が出来るわけではないのだから、敦美である可能性は排除出来た。
いや、今は、そういう想像をしている場合ではなかった。
あの茶色の小瓶を探さなければならなかった。一つ目の箱に、その瓶はなかった。
残りのもう一つの箱にないと云うことは、おそらく既に捨てたと考えることが出来たが、家宅捜索で見つかるリスクがないわけではなかった。
所有者も忘れていたものを、警察の家宅捜索で発見されることは大いにあるわけで、出来ることなら、現物を見つけて、自分の責任で廃棄しておきたかった。
二つ目の箱の中を探っていくと、茶色い小瓶が姿を現した。
丁寧に、ビニールの袋に何重にも包まれて、その小瓶はあった。
俺は安堵した。
しかし、安堵の次に、新たな恐怖が頭をもたげた。これから、この瓶と中身を別け、安全に捨てる作業が待ち構えていることを知っていた。
早々に、自分の手元から遠ざけたい気持ちになったが、人目のある時に、マンションのごみ置き場に行って捨てる気にもなれなかった。
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