第25章奇妙な手紙が届いたのは、それから3週間後くらい経ったある日だった。記憶にない差出人になっている封書には“鬼頭みやこ”となっていた。封筒の裏表も印字されていて、書体がわからない手紙だったが、内容を読まない限り、何事もはじまらなかった。
『 拝啓
御無沙汰しております。先日、偶然にも涼さんをお見かけしたのですが、ホテルと云う場所柄も考えて、ついお声をかけるのを躊躇ってしまいました。ちょっと見た印象ですけど、とても充実した日々を送っているのだな、と羨ましく感じるお姿でした。涼さんのお元気そうな姿を見ただけで十分なのですけど、ついつい懐かしく、お手紙差し上げました。そして、少し、愚痴になりますけど、それに比べて、今の自分の状況は、なんなのだろう?そんなことを考えさせられるような、エレベーターを待っている、涼さんの後ろ姿が目に焼きついて離れません。ですから、貴女にどうして欲しいとか、そういうことではないのです。ただ、そんな風に生きている女がいることをお伝えしたかっただけです。また、色々な心境の変化や状況が変わったら、お手紙差し上げますね。
敬具
幸せな涼さんへ 醜いアヒルのみやこより 』
私は何度となく、その手紙を読み返したが、差出人を想像することが出来なかった。もちろん、印字されている便箋の裏表を見つめても、筆跡など判りようはなかった。
先日、圭がチェックインしている恵比寿のホテルに入るところを目撃されたのは間違いなさそうだった。そして、偽名であろう「鬼頭みやこ」と云う女らしい差出人が、何らかの悪意を籠めて、この手紙を書き、送りつけてきたことだけは、たしかだった。
……でも、私の私生活に興味や口出しをする人は誰なのだろう?差出人の名前が女だからといって、女だと特定すら出来ない。私に、恨みを持つ男は想像がつくけど、こんな陰湿な回りくどい手法を選びそうな男はいなかった。それに、最後の愛人とは一年近く前に円満に別れていた。男に、心当たりはない……
……素直に差出人の名前と文面、そして醜いアヒルの、という部分からも、女と受け止めるのが妥当だと思った。女だと範囲を狭めても、俄かに目に浮かぶ人物の心当たりはなかった。文面から察するに、若い女の文面ではない。三十は越えているだろう、もしかすると四十代かもしれない。……
……私より上の年代の女だ。仕事関係なら、年上の女はかなりの顔が思い浮かぶのだが、すべての人が、私の私生活を羨む境遇にいるとは思えない人々ばかりだった。高校や大学の先輩たちが、こんな回りくどい手紙を書いてくる可能性は殆どなかった……
……年上の女で、薄幸かもしれないと思えるのは、部下でもある映子くらいのものものだったが、恨まれるような利害関係は、まったく思いあたることはなかった。ただ、圭とホテルで待ち合わせした日、映子がお茶に誘ったのを思い出した。……
……まさか、私が断った程度で恨みに思うことはあり得ない。ただ、興味本位で私がどこに行くのか尾行した可能性はあるかもしれない。尾行して、私が一目散にエレベーターに飛び乗った姿を目撃した。でも、そのような事実を目撃したとしても、彼女が意味深な手紙を出すまでの根拠としては薄弱だった。……
差出人が映子である理由は殆どなかったが、多少、今までとは違った目で、彼女を観察しておくべきかもしれないと思ったが、同時に、その観察は、一か月も持たない注意力のように思えた。それに、一回程度の嫌がらせの手紙で右往左往するのもバカバカしい。気にはなるけど、差出人の目的が見えていないのだから、真剣に考えるのは、二通目の手紙が舞い込んだ時だ、と私は結論づけた。
つづく
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