第21章
ドアを三回ノックすると、ドアが静かに開き、私は身を滑らせた。部屋に煙草の煙が充満していた。だいぶ前から、圭が部屋にいた痕跡がありありだった。
「どうしたの、何時から居たの?」
「わが社には、半日休暇ってのがあってさ、3時くらいからチェックインしてたんだよ」圭は悪びれずに答えた。たしかに、悪事を働いているわけではないので、悪びれる理由はないのだろう。
ただ、私は、以前つき合っていた遊び人が、ホテルの部屋を借りたときは、チェックインからチックアウトまでに三人の女を入れ替えたという自慢話を思い出しただけのことだった。
「そう、随分ノンビリ出来たでしょう?」
「まあ、程々にっていうか、ほとんど寝ていたから、ノンビリしたのかしなかったのか、あまり記憶もないよ」圭は屈託なく笑った。
「そう、寝てたんだ。私、結構お腹空いてるけど、アンタはどう?」
「あぁルームサービスで7時半に持ってくるように言っておいたから、三十分後くらいに姉さんのお好み料理が届くよ」
「案外気が利くのね。そんなアンタ今まで見たことないけど、そういう人だったの?」私は、異なる側面の弟をしげしげと見つめたが、圭は目を逸らして、煙草に手を伸ばした。
「吸い過ぎよ。部屋が煙で悶々しているわよ。フロントに言って空気清浄機貸して貰ったら?」
「あるかな?そこまでサービス行き届いていたら、このホテルは花丸だけどさ」
「取りあえず、電話してみなよ。私はゆっくり半身浴しているから、準備万端で、声かけてね」
それから1時間後、圭は熟練者のように、私を攻め続けた。教えることなど、もう何もない圭の変わりようはなに?私はその疑念を持ちながらも、何度となく繰り返すオーガズムに身をくねらせた。
「圭、やすませて」私は堪りかねて休息を口にした。
「ああゴメン、夢中になり過ぎた。でも、やっぱり姉さんは違うよ。美絵と全然違うんだよ」
「比較はやめなさいって言ったでしょう」私はミネラルウォーターを直接飲みながら、睨みつけた。
「でも、あまりに違い過ぎるからさ、口にしないわけにはいかないくらい違ってるから…」
「だとしても、男が、それを口にしちゃ駄目。褒めるのは構わないけど、関係者間の比較は駄目よ」
「でもなあ、なにかそれなりに理由があるのかと思ってさ」
「その質問に、女の私が説明するのは、お門違いかも。だって、私は女だから、他の女の人の中に入ることは永遠にないわけでしょう」
「そうかあ、そう言われればそうだね。男じゃないと解明できない問題か」
「そう云うことでしょう。それに、圭はまだまだ熟練者ってわけでもないし」
「たしかに、初めて知ってからの頻度は多いけど、熟練はしてないよね」
「まあ、才能があるのは認めるよ。あらゆる面で才能はあるわよ。でも、その気になって、アチコチ調子に乗ると、アンタは女で失敗するよ。その辺は、姉として強く注意しておくわよ」
「判った。マジに気をつけるけど、俺さ、姉さんさえいてくれたら、それ以上を探そうとは思わないような気がするんだ。姉さんが結婚した後でも、こう云う関係続けたいなって思うんだよ」
「圭、アンタ、美絵さんと結婚した後も、私のレッスン受け続ける積りなの。呆れた」私は幾分強い口で驚いてみせた。
「あっいや、単なる俺の願望だけど。そういうのは、やっぱり拙いんだよね」
「決まりきったこと聞かないの」
「そうかなあ、絶対に発覚させない決心でつき合い続けることは可能だと思うんだけど…」
「あのね、可能だから、して良いって理屈はないのよ。今の関係は、ビジネスと家族愛から出ているのよ」私は、そんな言葉を口にしながら、完全な嘘だと思った。もしかすると、圭は、下出に出ているけど、私の本心を知っているのかも、と僅かに不安を感じた。
「じゃあ、美絵と結婚したら、もうこう云う関係はゼロになるわけ?」
「だって、圭が初めての体験で、二人で苦戦しているから、助けてくれって話から始まったことでしょう。その問題がクリアしたのだから、私の役目は、半ば終わっている筈よ。ただ、あまりにも高額なコンサルタント料金を貰ってしまったから、アフターケアの一環で、いま会っているつもりだけど…」
「姉さんは、本気で言ってない、本当はどうなのよ?」圭が珍しく強い口調で私に迫った。
「本当もなにもないでしょう。そういう事で始まっただから、その関係を、違うものに置き換えるって、まったく違う次元の話だと思うわ」私は、
はじまりの関係を、ずるずる変質させるのはまずいと思った。
「このまま続けるのは無理ってことだけど、どうすれば続けられるのかな?」
「そんなことって、事前に決められる問題じゃないと思うけど」
「そんなに簡単なことじゃないってことか~」
「子供の固い約束とは違うのよ」
「たしかに、そうだよね。俺って、先々が決まっていないと不安になるタイプだから、馬鹿な質問しちゃうんだよな」圭は、素直に私の意見に従った。ただ、これが彼の独特の処世術なのは、先刻承知なのだけど、私は敢えて気づかないふりをした。
おそらく、その件を突っ込めば、最終的に、圭の思惑を追認してしまう自分の身体があるようだった。圭が生まれつきのドンファンなのか、そのへんは分からなかったが、人の心を読み取る感性が優れていることは、認めるしかなかった。
甘え上手で、人の気持ちを察する資質は、訓練で身につくものとは思えなかった。やはり、才能なのだろう。私は、その圭のすべてを認めようと思っていたが、安売りは控えたい意地もあった。
それにしても、圭の望みは、半ば、私の望みでもあるわけで、無言の約束が交わされた瞬間のような空気が流れていた。
こんな異常な関係が発覚する危険はないのだろうか。たしか社会学者の論文で、日本の家族制度の中では、近親相関事件は氷山の一角で、社会の中に埋もれている。そんなに内容を思い出しながら、案外ありきたりの出来事なのかもしれないと、自分を慰めた。
つづく
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